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「なあ、姉ちゃん。今蛇穴さんと絡んでたけどどんな関係なんだ?随分と親しげだったじゃねーか」

 

肩を掴んできたのは先ほどナイフでダーツをしていた金髪のガラが悪い奴だった。そいつは面白そうに私を見てくると、首を傾げて不思議がった。

まあ、確かに。この業界では東雲さんは社会で取り上げられている以上にとても人気で憧れている者も居るのだろう。そんな人と私みたいな何も才能も持っていないような凡人とが何故親しく話しているのかと不思議がるのも無理は無い。だが親しくだなんて冗談じゃないぞ、勘違いでも許せないものだ。寸前まで蛇に大口で迫られ食べられそうなネズミのような状況であったのにそれを親しいと勘違いするのも不愉快極まりない話だ。

 

「いえ…親しくは…そんな言うほどの関係じゃないですよ」

「またまた~嘘はよくねーって。面白い話聞かせてくれよー丁度退屈してたところだしさ、な?お前ら」

そう言ってソイツが視線を向けた先には同じくナイフでダーツ投げをする輩が一斉に此方を向いてニヤニヤしながら頷いた。

 

暇人はどっかに行け…!と罵声を飛ばしたくなったが、そんな事を言ったら確実に私の首が飛ばされることだろう。あまり思ったことは口に出してはいけない。

しかしここは正直に話したほうがいいのかもしれない。

 

「本当ですよ、方向音痴なものでここの場所を教えてもらって案内してもらっただけなんです」

「はあ?蛇穴さんがそんな面倒な事するわけねーだろパチ扱くなよガキ」

「もし案内してくれたとしてもあの人なら途中でつまらなくなって殺すほど狂った人だぜ?」

 

そりゃ散々目の前で狂気トークしてもらいましたよ。お陰で少し耐性ついたよ。慣れって本当に恐ろしいよ。

 

 

 

「あの人は面白いと言ってくれました。だから大丈夫だったんじゃないですかね?」

「まあ、お前みたいな奴がこの店に来る自体面白いっつー事は認めるけどな?ってことはお前は面白いことしてみせてくれるんだろ?」

「ひゅ~~~いいね、なんか一発芸でもやってみせろよ!ぎゃはははは!」

 

こいつらぶん殴りてえ…!

しかし私の全力で殴ったとしてもかすり傷一つ付かず、蚊に刺された程度に赤くなるだけだろう。何せ、私は赤軍に所属していながら戦えもしないし、何かに専属していたわけでもないのだ。こいつらの一発芸というのはそこら辺の奴1人2人面白く殺してみせろよって訳だろう。解釈だけは案外得意だと自負している。

 

人を殺したことも、況してやそんな事を一瞬でも考えた事がない私がいきなり人を殺すなんてできっこない。もし出来たとならば私はめでたく、異常者の仲間入りだろう。もれなく此方の世界に歓迎される。

私の住む世界はここじゃない、もっと穏やかに静かで何もない世界だ。早くここから出たいのに次々とフラグが乱立していく。諦めてはいたけど、ここまで希望がないとは思わなかった。

 

普通に出来ないって言おう、そして死のう。

 

「そんなこと…できるわけ…」

 

言おうとした瞬間に目の前の男や周りの男達は一瞬で頭から血を吹き出し、床に崩れ落ちた。本当に瞬きする一瞬の出来事で、理解に時間が掛かった。

男たちは悲鳴も上げず、誰に殺されたかもわからず死んだのだ。頭をナイフで刺され即死状態だった。周りの客達は固まり、騒然としていた場が一気に静寂になる。

そんな一瞬で殺した奴は誰なんだと目を向ければ、綺麗な白髪に真紅の瞳を細め、愉快そうに口元を歪めている男が此方を見て笑っていた。しかも道化師みたいなおかしな格好をしている。周りはその男を確認するに息を飲んでいた。その男は周りの目も気にせず、手をパッパッと払うと、その殺した男たちの上を平然と踏み歩き、私の目の前で足を止めた。静寂した空間を見回して不思議そうに首を傾げる。

 

 

「一発芸してあげたでショウ?皆盛り上がりなよォ、楽しくなかったかい?」

こんな状況でどうしたら盛り上がれると言うのか教えて欲しいものだ。こちらの社会の住民だろうとこの光景は口元が引きつる光景らしい。案外常識が少しあってよかったとホッとするべきだろうか。

 

「おかしいねェ、まあいいや。これさァ、掃除屋に処理頼んでおいてねェ~。さて、お嬢サン、大丈夫かい?」

全然大丈夫じゃないですと口に出しそうになったが、寸前で止めた。

こんな訳のわからない場所にいきなり迷い込んで、いきなりこんな状況になったら大丈夫なんかでは済まない。私はまだ精神がぶっといのだろう、普通の人間なら失神ものだ。

 

「助けてくださってありがとうございます…」

「あれ、そう思っちゃう?助けても何も利益がないキミを助けたって解釈しちゃうんだァ?この後、もしかしたら殺されちゃったり~とか考えなかった?まァ、いいけどねェ」

その考えは完全にサイコパスの考えではないのか?

 

「どの道殺されてもおかしくはない状況に居た事は理解してるので、もし貴方に今この場で殺されてもおかしくはないですね」

「死を覚悟してたって訳かァ、面白いね?…じゃあさようならしようカ?

ソイツはニィと口元を歪めながら一瞬で距離を詰めて私の目にめがけてナイフを振りかざした。

私は殺される…!と恐怖で目を瞑ったが、来ない痛みに不思議に思い、目を開けると男はナイフを寸前で止め、実につまらなそうな顔で私を見ていた。

 

 

「キミふつーの反応だよねェ。どうして蛇穴が気に入ったのかわからないなァ。キミって全然思考読めない」

「…よく言われます」

「ふぅん、で…どうしてこんな場所に?キミは明らかにここに来るような人じゃないよねェ?仮に本当に来客者だとしても今のキミは丸腰だ。おかしいなあァ、丸腰で来るなんてまるで殺されに来たみたいじゃないかァ~あひゃひゃ!」

これはもう腹を括って本当の事を言おう。キリがないような気がするし。

 

「迷い込んでしまったんです、この街に」

「は?あひゃひゃひゃ、迷い込んだ…?っぷ…!」

男は先程の東雲さんのように腹を抱えて笑い出した。

何なんだここの人達は。なんでこうもツボがわからないんだ。

 

「あひゃひゃっひぃ…!迷い込んだ…ねェ。この殺戮街に入るにはセキュリティが厳しいから簡単には通れないはずなんだけどねェ?抜け道でも通ってきたかなァ?」

おどけた様子でそう言った男に私は首を傾げた。

 

セキュリティなんてものが存在したのなら私はここに居ない。まず止められていただろう。普通に道を間違えてここに来てしまったのだ。ならば抜け道があったのだろう。

 

「セキュリティなんて無かったですよ、道を間違えたまま進んでしまったらここに着いたんです」

「へェ、まあその話は後々…場所を変えようかァ?」

「場所を変えるって…早くこの街から出してくれません…?!」

「まァまァ」

出してと訴える私に男は私の背中を押しながら店の外に出る。

私はこんなところから早く抜け出したいのに…!

 

 

「キミは表社会から来て、ここに迷い込んでしまったんだろう?」

「…はい」

 

「なら無理だヨ、表社会には戻れない」

 

「…はい?」

それはどういうことだ。

男は残念そうな口調で言いつつも口元は笑っていて、この状況を楽しんでいるのだと思った。下衆な奴だ。

 

「キミはこの殺戮街の奴らに顔を見られている。仮面をしているならまだしも、そんな素顔丸出しで外ほっつき歩いているんだもの。もう顔覚えられちゃってるよォ」

表社会に戻ったとしてもすぐ殺される。とその男はにんまりと笑いながら残酷な現実を突きつけた。

そんな…と私は顔を歪ませた。

 

「でも一つだけあるよォ、表社会に戻れる方法」

「…え?」

男は暗い夜道をふらふらと落ち着かない足取りで歩き、振り向かずにそう言った。

方法があるなら…!と私は声に出そうとは思ったけど、こんな異常な男のことだ。どうせろくな事では無いのだろうと期待はしなかった。それに気がついたのか、ご名答と言うような顔つきでこちらを見る。

 

「わかったァ?そうだヨ、ただじゃ表社会には戻れない。まあ、そんなの当たり前だよねェ?」

「聞くだけ聞きますよ…」

ノリ悪いねェと肩を竦めると、私に近づいて目の前で止まり、視線に合わせてにんまりと笑う。

 

「キミがボクのところで助手をしてくれれば、表社会に帰してあげよう。ボクの助手という事が周りに知れ渡れば必然的にキミは殺されない。ね、いい方法でしょ?」

 

助手…だと?

 

こんな危ない奴の助手というのは危険な事をやらされたりするのではないか?殺し屋として放り出されて、人を殺してこいだとか、大事な書類を危ないところに届けてこいだとか…やはり命の危険に晒される仕事なのではないか?

そもそもだ、彼の助手をしたというだけで何故必然的と言えるほどに殺されないと断言出来るのか。確かに彼は先程の状況から見てもこの社会で恐れられている有名なお方なのだろう。その実力とやらは先ほど目の前で新鮮な血飛沫ショーを見せてもらった。冷静ではない。そんなショーを見せて頂いてまたトラウマが増えた事は言うまでもないが、こんな瞬時で命をさらっと奪ってしまえるほどの異常者が目の前に居るというこの状況が怖すぎて他のことなんて考えられないだけだ。

そんな助手なんてものを何も考えず引き受けてしまったら、私の命は長くは持たないだろう。どの道、この提案を断ったとして表社会に戻っても、彼の言う通りだとするならば、この案を飲んで仕事を引き受けるよりも早く寿命が朽ちてしまう事は回避出来ない事なのだろう。

 

 

「内容は?」

「あひゃひゃ、ボクはやるかやらないか聞いてるんだよォ?そんなの引き受けてくれた後に話すヨ」

 

ズルい。

そんなのやらなければならないに決まってるじゃないか。

きっとこの男は私がこの案を断ったら殺すつもりだろう。だったらここで死んだほうが楽なんじゃない?と軽い発言と共に斬り掛かってきそうだ。

 

 

「本当にズルいですね」

「ズルい?優しいの間違いじゃなァい?ボクは何もメリットもないキミにわざわざ選択肢を与えてあげているんだから」

命の恩人だと思ってよォ~と愉快そうに笑う目の前の男にイラッときたのは言うまでもないが。

 

 

「やりますよ、貴方の玩具になってあげますよ!どうせ断れば殺されることは目に見えてるんだから」

「へェ、案外バカだと思ったら賢いんだねェキミ。そうだヨ、つまらないものはイラナイ。人間ってさァ、かんたァ~んに死んじゃうんだよ…?おかしいよねェ」

私は貴方の頭がおかしいと思うんだけどね。これは単なる凡人の考えであって、彼らと私の思考は根本的に何かが違っているんだろう。

彼らはそれが”普通”で私はそれが”異常”。環境が違うだけで人間はこれだけ違ってくるものなのだ。本当に恐ろしい。

 

彼は完全に私を人間ではなく、”おもちゃ”として見ている。ならば自らなってやろうじゃないか、どうせいつかは捨てられるのなら壊れてから後悔するような傑作なおもちゃになってあげよう。

 

「自分から玩具になるだなんて、キミ変わってるねェ。もしかしてドM?」

「ドMなんかじゃないですよ。案外、利口な選択をしたと思いません?」

「あひゃひゃ、面白いじゃん!蛇穴が面白がってた理由がわかったかもォ!いいよ、おいで?こっちだから」

そう言って新しいおもちゃを手に入れてご機嫌なように、スキップをしながら歩き始めた。

 

そして、あーと突然声を上げてピタリと足を止めるとゆっくりとこちらを振り返って優雅にお辞儀しながら言った。

 

「申し遅れたねェ、ボクはピサロ=ジョーカー。よろしくネ、凡人サン」

帽子を胸に当てて綺麗な白髪を靡かせた。彼の深い闇のような瞳は宵闇に映え、妖艶な笑みを浮かべて私を見たのだ。

 

少しでもカッコいいと思った私は自重するべきなのだと思う。

 

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